東京地方裁判所 平成11年(ヨ)21104号 決定 1999年11月24日
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別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 債権者らの申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者らの負担とする。
事実及び理由
第一申立て
一 債権者らが債務者の従業員の地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者船木龍夫、同髙杉芳治、同松本光生、同石川剛、同越谷雄太、同下村大輔及び同中村歩に対し平成一一年六月から、債権者山口房恵に対し平成一一年七月から、毎月二五日限り別紙賃金目録記載の金員を仮に支払え。
第二事案の概要
一 本件は、ホテルを経営する債務者に配ぜん人として雇用されていた債権者らが、債務者から一方的に労働条件の引き下げを提示され、これに応じなかったことを理由として解雇されたが右解雇は無効であるとして、地位の保全及び賃金の仮払いを求めたのに対し、債務者が、債権者らとの間では日々雇用契約を締結していた関係にあり、債務者は経営状況の悪化により労働条件を一部変更して新たな雇用契約締結の申込みをしたものの、債権者らがこれに応じなかったため、雇用契約が期間満了により終了したものであるとして争っている事案である。
二 前提事実(疎明資料を掲げたものの外は、当事者間に争いがない)
1 債務者は、昭和五六年八月に設立され、住所地においてホテル「ヒルトン東京」(以下「ヒルトンホテル」という)の経営を行っている株式会社である。
有限会社新都心サービス配ぜん人紹介所、有限会社春秋配ぜん人紹介所及び株式会社協和サービス配ぜん人紹介所(以下、右三社を併せて、「本件各配ぜん会」という)は、いずれも労働大臣の許可を受けて、職業安定法に基づき、「配ぜん人」の有料職業紹介事業を営んでいる(書証略)。
2 債権者船木龍夫、同髙杉芳治、同松本光生及び同石川剛は、ヒルトンホテルの厨房での食器洗浄及び管理業務に従事していた者(以下「スチュワード」という)であり、債権者越谷雄太、同下村大輔及び同中村歩は、同ホテルで開催される宴会のテーブルおよびステージの設営及び器財管理業務に従事していた者(以下「宴会ハウス勤務者」という)である。債権者山口房恵は、ヒルトンホテルに雇用された配ぜん人の給与計算経理事務に従事していた。
3 債権者らは、いずれも全労連・全国一般労働組合東京地方本部中部地域支部ヒルトンエキストラ分会(以下「組合」という)に所属している。
組合(ヒルトンエキストラ分会)は昭和六三年六月に結成され(書証略)、結成以降現在に至るまで、債務者との間で配ぜん人の時給及び交通費の増額等について団体交渉及び協約締結を行っている。
4 債務者は、昭和六三年一〇月二五日の組合と債務者間の団体交渉に関する回答書により、昭和六三年一〇月一日現在で在職している労働基準法所定の有給休暇取得の有資格の配ぜん人に対し、労働基準法の付与基準により、有給休暇を付与することとした(書証略)。
5 平成三年一一月に組合と債務者間で締結した協約では、債務者が、スチュワードについて、職務内容及び勤続年数等により、次のとおりの内容のランク付けの定め(以下「本件資格規定」という)をすることとし、債権者船木及び同髙杉はA1に、債権者石川はA2に、債権者松本はA3にそれぞれ格付けされた(書証略)。
<1> 責任者(SA) スチュワード管理代行者として業務全般に関与し、人の管理・指導と人の受注を主たる業務とする者。
<2> 常勤者(A1) 各洗い場の責任者となり、社員の代行者となり得る者。当ホテルを主に就労するもので、会社から依頼されたスケジュールに相当部分従うことができ、年間実働日数二一七日以上勤務実績のある者。継続して五年以上勤務し、三〇歳以上の者。
<3> 準常勤者(A2)各洗い場の業務の軸になり得る者。継続して三年以上勤務し、二八歳以上の者。
<4> 一般(A3) 当ホテルに継続して一年以上勤務している者。
<5> 一般(A4) 継続して半年以上勤務している者。
6 債務者の雇用する配ぜん人については、平成六年までは、健康保険法六九条の七所定の日雇特例被保険者となっており、年金も国民年金とされていたが、平成六年四月一日付けで同日債務者に在職していた債権者らを含む配ぜん人のうちで、健康保険及び厚生年金に加入することとなった者があった。
7 債務者は、平成一一年三月九日、債権者らを含む配ぜん人各人に対して「労働条件変更のお知らせ」と題する書面(以下「本件通知書」という)を交付した(書証略)。
その内容は、平成一一年四月一〇日より、<1>賃金の支給対象を実働時間のみとし、現行では支給対象とされている食事及び休憩時間を賃金の対象としない、<2>常用配ぜん人に対する交通費の支給方法の変更として、現行では、一回の出勤ごとに定額(六九〇円)で支給されている交通費の支給を、六か月の定期券代相当分の金額の振込み支給に変更する、<3>深夜労働取扱い時間の変更として、現行では午後一〇時から午前八時までの時間帯について二五パーセントの割増支給をしているのを午後一〇時から午前五時までに変更する、<4>早朝勤務取扱い時間の変更として、現行では午前八時以前に就労する者に対して支給されている「早朝手当」を午前七時以前に就労する者に支給することに変更するとするものであった。
本件通知書には、「変更に同意されない配ぜん人の方は、ヒルトン東京としては平成一一年四月一〇日より雇用することはできませんのでご注意下さい」、との記載がされ、同書面末尾には、配ぜん人の同意署名欄が設けられていた。
8 組合は、本件通知書の内容に関し、債務者に団交を申し入れたが話し合いがつかなかったため東京都地方労働委員会にあっせんの申立てを行い、同年四月八日に第一回のあっせんが行われ、債務者は、四月一〇日からの変更実施を五月一〇日まで延期したが、五月一〇日の実施は譲ることができないとして四月二三日にあっせんは不調となった。
9 債務者は、債権者船木龍夫、同髙杉芳治、同松本光生、同石川剛、同越谷雄太、同下村大輔及び同中村歩については平成一一年五月一〇日以降、債権者山口房恵については同年六月二一日以降、いずれも雇用関係はないと主張して争っている。
二 争点
1 債権者らと債務者間の雇用契約の期間の定めの有無
2 債務者の債権者らに対する解雇又は雇止めの効力
3 保全の必要性
三 争点に関する当事者の主張の要旨
1 債権者らの主張
(一) 債権者らと債務者との雇用契約が期間の定めのない労働契約関係であることは、左記の各事実関係に照らして明らかである。
(1) 債務者と雇用関係にある配ぜん人は、形式的には本件各配ぜん会から日々紹介される形をとっているものの、その実態は、債権者らのような債務者と期間の定めのない労働契約関係にある常用労働者である配ぜん人(債権者らを含め約五〇名から六〇名)と、文字どおり臨時的な日々雇用の実態を有している配ぜん人(約一一〇名。ホテルの宴会の繁閑に応じて雇用される「特別助っ人」等)との二つの形態に分かれている。債権者らのような常用の配ぜん人は、勤務時間が年間二〇〇〇時間以上となっており、組合は、債権者らを含む期間の定めのない常用の配ぜん人四六名で組織されている。債務者自身も、前年度の労働日数二〇〇日以上の配ぜん人を「常用者」と呼称しており、このことからも債務者が債権者ら常用配ぜん人との雇用関係を期間の定めのない雇用契約とする意思であることが明らかである。
(2) 債権者ら常用配ぜん人の勤務形態は、厨房や宴会ハウスに配属されている一般従業員と同様の週別又は月別の勤務体制に組み込まれて勤務割りが作成されて就労しており、いずれも一般従業員と同じ週休二日の勤務体制である。厨房でスチュワードとして勤務している債権者船木龍夫、同髙杉芳治、同松本光生及び同石川剛については、債務者は一か月単位の勤務表に基づき勤務割りを作成して就労させ、宴会ハウス勤務者の債権者越谷雄太、同下村大輔及び同中村歩についても一般従業員と並んで氏名が印刷された一週単位の勤務表を作成し就労させている。配ぜん人の給与計算を職務とする債権者山口房恵は、午前九時から午後三時までの日勤の定時勤務である。
(3) 債権者らの労働条件の中でもっとも重要な賃金について、組合と債務者間で締結されるベースアップに関する協約は一年単位で締結されており、さらにベースアップがゼロになった年に関し、債務者は、平成八年度においては平成七年度の賃上げが据え置きとなったことを考慮し検討するとしており、翌年度も債権者ら常用配ぜん人の雇用が継続されていることを当然の前提としている。
(4) 他にも、債権者らが常用労働者の実態を有していることから、債務者は、<1>昭和六三年一〇月一日現在で在職している配ぜん人について労基法に基づき有給休暇を認めたが、有給休暇申請用紙も一般従業員と同一様式で、かつ、勤続年数に応じて付与し、<2>スチュワードについて昇格を予定する本件資格規定を定めた上、ランクごとに賃金を改定し、<3>平成六年四月一日付けで債権者ら常用配ぜん人につき健康保険及び厚生年金に加入扱いとしたものである。
(二) 本件通知書の内容は、ヒルトンホテルの営業開始以来賃金の支給対象としていた時間帯の変更及び一回の出勤ごとに定額で支給されてきた、出勤手当の性質を有する交通費の支給を実費とする等、債権者らの賃金を一方的に切り下げようとするものであり、債権者らにとって一か月二万円から五万円もの減収となるものであった。債務者は、債権者らとの間で期間の定めのない雇用契約を締結していたにもかかわらず、債権者らが債務者の提案した賃金切り下げについて、「争う権利を留保しつつ、会社の示した労働条件の下で就労することを承諾します」と回答したことのみを理由として解雇したものであり、このように債権者らが労働条件の切り下げについて裁判で争うとしたことを理由とする解雇は、裁判を受ける権利を定めた憲法の趣旨に反し、民法九〇条の公序に反するもので解雇権の濫用に当たり無効である。
(三) 保全の必要性
債権者らはいずれも給与生活者であり、債務者からの給与がなければ生活は維持できないから、本案判決の確定を待っては著しい損害を被る。
2 債務者の主張
(一) 債権者らは、本件各配ぜん会から債務者に紹介され、日雇いで雇用されている従業員である。配ぜん人が就労することが予定されている業務の作業量は、ホテルにおけるレストランの営業状況、宴会の開催頻度等によって一年間を通じて季節、曜日、時間帯によって変動が大きく、景気の影響も強く受けるために一定数の配ぜん人を定期的かつ継続的に就労させるということは考えられず、変動が常に予定されている。他方、配ぜん人として就労する者には、配ぜん人を続けながら、例えば画家や演劇を志し、長期の不就労期間を設けて外国に渡って勉強をしたり、又は演劇の公演に備えて勤務態様を変化させるなど自己の都合に合わせて就労することが可能な日雇いの契約関係を望む者があるのである。
(1) 債権者らは本件各配ぜん会のいずれかに所属しており、債務者は、本件各配ぜん会に対し、各配ぜん人に支払う賃金に応じた配ぜん人の紹介手数料を支払っている。債務者が本件各配ぜん会から紹介を受ける配ぜん人に常用配ぜん人と臨時的雇用の実態を有する配ぜん人の二類型があるわけではなく、債務者は、年間を通じて雇用回数が多かった者を「常用者」と呼ぶこともあったが、そのことは債務者らが日々雇用されていた事実と矛盾しない。
(2) 債務者は、配ぜん人の就労予定を週単位又は月単位で把握して、雇用計画を立て、各配ぜん人を日々雇用している。配ぜん人の雇用の決定の告知は日々張り出す勤務表に当日の勤務者及び翌日の勤務者を記載する方式で行われている。債務者が雇用の予定を事前に作成することは安定した人員配置のために不可欠であるが、就労予定は予定であって、かかる取扱いをすることが債権者らと債務者間の雇用契約の日雇いという性格と矛盾することはない。
(3) 債務者は、組合との間で賃金のベースアップに関する交渉及び労働協約締結を一年ごとに行っているが、賃金が年額で定められているわけではなく、債権者らの賃金は時間給であり、雇用契約が一年間継続することを前提とするものではない。
(4) その他、<1>配ぜん人のうちでも、能力、経験に応じて作業効率及び作業内容が異なることから、ランク付けを行い、ランクごとに能力及び経験に応じた作業を担当させ、異なる時間単価を定めて賃金を支払うことは合理的なものであり、かかる制度の存在が個々の配ぜん人の雇用の長期継続を約束するものではない。<2>有給休暇の付与は、労基法が定める実勤務継続の要件を満たせば正規従業員ではないパートタイム労働者であっても付与されるものであり雇用期間の長短とは無関係である。<3>健康保険法及び厚生年金保険法は日々雇い入れられる者であっても結果として一か月を超えて引き続き使用されるに至った場合には健康保険及び厚生年金保険の被保険者とすることを定めており(健康保険法一三条の二第一項二号及び六九条の四第一号並びに厚生年金保険法一二条二号)、配ぜん人の中には日雇いが積み重ねられ、法定の要件を満たすに至った者がいることから、法の規定に従い健康保険及び厚生年金への加入を行ったもので、これらの事実は配ぜん人と債務者との雇用契約が日雇いであったことと矛盾しない。
(二) バブル経済崩壊後の日本経済の深刻な景気低迷のため、景気の影響を強く受けるホテル業一般の業績が低迷し、債務者も厳しい経営危機に直面しており、平成一〇年度の経常損失は六億三〇〇〇万円を超え、同年度末の未処理損失額は、三七億円を超える状態にある。このような業績悪化のため、債務者は、ヒルトンホテル本体の建物を賃借している東京都市開発株式会社(以下「賃貸人会社」という)に対する家賃すら滞納しており、その金額は平成一〇年九月時点で合計九億円を超え、賃貸人会社から賃貸借契約の解除及びホテル建物明渡しの請求を受ける危機的状況となった。債務者は、このような状況下で、賃貸人会社との家賃減額交渉を進め、支払を極力延期してもらうよう全力を尽くすとともに、経費節減のためあらゆる可能な手段をとっているものである。
このうち、人件費については、債務者は、正規従業員に対してもその所属組合との間で、平成一一年度の賃上げゼロ、ボーナス支給月数削減及び特別休暇一人年間一〇日間削減について同意を得た。また、今後も従業員の削減、新卒の採用停止、業務の外部委託等のさらなる人件費削減方策の実施を予定している。
そして、債権者ら配ぜん人の人件費についても可能な限り節減に協力してもらうため、本件通知書記載の労働条件変更の申入れをしたものであるが、その内容は、賃金の一方的切り下げではなく、従来慣行的に行われてきた取扱いを変更し、また、深夜・早朝勤務の割増賃金等を法律の定めにできるだけ近づけるという、穏健、妥当なものであって、債権者らに過大な犠牲を強いるものではない。このような労働条件の変更は、すでに有名ホテル数社においても従業員の同意を得て実行されており、現在のホテル業界の危機的状況を脱するための必要最少限の自主努力である。
しかも、債務者は、本件通知書に先立ち、平成一〇年一二月に本件通知書と同様の労働条件変更の内容を組合及び本件各配ぜん会に提案し、その後組合とは、数回にわたり変更の必要性についての説明及び実施についての交渉を行うとともに、労働委員会におけるあっせん手続にも対応し、組合との話合いによる円満実施に向けて努力したが、組合は一貫して何らの譲歩もせず債務者の提案を拒否し続けた。その間、債務者に勤務する配ぜん人一七九名のうち、九五パーセントの一七〇名(内組合員三七名)は労働条件の変更に同意したが、債権者らのみが変更に同意することを拒否したため、雇止めに至ったものである。
さらに、債権者らの雇止めが解雇に準ずる扱いを受けるとしても、前記経営状況の下で、債務者が危機的状況を回避するためには配ぜん人の労働条件変更が不可欠であり、合理的な手段を尽くしてその変更について協議をしたが、なお合意に至らなかったため、やむを得ず債権者らを雇止めとしたものであるから、権利の濫用に該当しない。
(三) 保全の必要性の主張については争う。債権者らは、所属する本件各配ぜん会の紹介により、他のホテルにおいて勤務することは容易であり、保全の緊急性はない。
第三判断
一 本件疎明資料によれば以下の各事実が一応認められる。
1 債権者石川は昭和五九年から、債権者船木、同髙杉及び同松本は昭和六〇年から、債権者山口は平成五年から、債権者中村は平成七年からそれぞれ債務者における勤務を始め、債権者越谷は平成四年から勤務し始めたが平成七年一〇月にいったん辞めて平成八年六月から再び勤務し、債権者下村は、平成五年から債務者に勤務し始めたがその後二回中断し、平成一〇年一〇月から再度債務者に勤務した。債権者らは、いずれも、債務者からの賃金収入により生計を立てている(書証略)。
2 本件各配ぜん会は、配ぜん人紹介業者として、それぞれ自社名義で求人誌に広告を出して配ぜん人を募集しており(書証略)、本件各配ぜん会のうち、有限会社春秋配ぜん人紹介所には約五〇〇〇人の配ぜん人が、有限会社新都心サービス配ぜん人紹介所には約六〇〇人の配ぜん人がそれぞれ登録されており、いずれも都内のホテル等に配ぜん人を紹介している(書証略)。
3 債務者が本件各配ぜん会との間で取り交わした覚書(書証略)によれば、債務者は、事前に本件各配ぜん会に対し、債務者が必要とする配ぜん人の人数及び日時を通知し、依頼を受けた本件各配ぜん会が、配ぜん人の名前を日々のオーダー用紙(書証略)に記入し、これを債務者に送付してその日ごとに配ぜん人を紹介することとされているが、配ぜん人の職務内容等によっては、事実上の便宜から、後記4認定のとおり、債務者が事前に配ぜん人から週単位又は月単位で勤務可能日時を確認した上で勤務予定を立案するようになっており、本件各配ぜん会に対する事前の通知等は行われなくなっていた。
4 債権者ら配ぜん人の勤務日の決定は、<1>日勤のスチュワードの場合、事前に、一週間単位の就労予定表(書証略)に自己の就労可能日時を記載して、これを債務者が委託した請負業者社員のスケジュール担当者に提出し、右社員がこれを元に一日ごとの勤務表を作成する(書証略)。
<2>夜勤のスチュワードの場合は、各スチュワードが就労可能日時を就労予定表(書証略)に記載して、債権者船木に提出し、同人がこれを取りまとめ、各スチュワードの勤務希望日及び時間帯を調整した結果に基づき、一か月間分の一日ごとに時間帯別でスチュワードの名字を個別に記入した「DAILY SCHEDULE」と題する夜勤のスチュワードの勤務予定表が作成される(書証略)。
<3>宴会ハウス勤務者については、配ぜん人は、ホテル内の事務所に備え付けてある宴会ハウス出勤表(書証略)に就労可能日時を記入し、債務者の現場担当者がこれに基づき毎日の勤務表を作成する(書証略)。宴会ハウス出勤表は、一般従業員と並んで配ぜん人の氏名が印刷された一週単位の書式となっているが、記入内容は配ぜん人と正社員とで異なっており、配ぜん人の場合は、勤務可能日ごとに勤務時間帯を記入し、日々の勤務時間帯及び一週ごとの休みは一定していない(書証略)。
<4>配ぜん人の給与計算を職務とする債権者山口房恵は、午前九時から午後三時までの日勤の定時勤務であり、日々の勤務表は作成されていない(書証略)。
5 債務者から各配ぜん人に対する賃金は、実際の就業時間に応じて時間給で支払われている。配ぜん人の毎日の就業時間、週及び月ごとの就業時間等は必ずしも一定していないが、債務者において予定の宴会等がキャンセルになった場合でも、債権者ら勤務日数の多い配ぜん人については、就労予定表記載に沿う形で勤務表が作成され、後日に債務者からキャンセルされることはないのが通常となっていた(書証略)。
なお、平成九年四月ころまでは、慣例として、本件各配ぜん会が、配ぜん会名義の賃金明細書を交付して、債務者での勤務に対する配ぜん人の賃金を支払っていた(書証略)。
6 債務者に勤務する配ぜん人は、本件各配ぜん会のいずれかの登録配ぜん人とされており、債務者は、配ぜん人に対する支払賃金に対応して、各登録先の本件各配ぜん会に紹介手数料を支払っている(書証略)。紹介手数料は、債務者と本件各配ぜん会との覚書によれば一〇・一パーセントとされていたが、債務者の経営悪化に伴う引下げ要求に基づき、数年前に八・三パーセントに減額することに合意が成立した(書証略)。
なお、債務者が本件各配ぜん会に支払う紹介手数料については、職業安定法施行規則二四条一六項別表第三(以下「別表第三」という)の紹介手数料欄の手数料の最高額欄一項及び二項の規定によって支払っており、別表第三の紹介手数料欄の手数料の最高額欄三項の「期間の定めのない」雇用契約に基づき同一の者に引き続き六か月を超えて雇用された場合に関する紹介手数料の最高額の定めによる支払は行っていない(書証略)。
7 債務者に勤務する配ぜん人は、各登録先の本件各配ぜん会に対し、毎月、求人受付手数料を支払っている(書証略)。
また、債権者船木は職業紹介所に対する求職票を提出している(書証略)。
8 組合と債務者は、組合が結成された昭和六三年以降、毎年、配ぜん人の時給及び交通費の増額等についての交渉及び協約締結を行ってきたが(書証略)、組合と債務者間で過去に次のような合意及び交渉がされた。
(一) 昭和六三年七月二一日付け合意書面(書証略)の第1項で、「配ぜん会の紹介によって」債務者に雇用されていたスチュワードの雇用関係等はこれまでどおりとするとし、第3項では、スチュワードのオーダー書きはこれまでどおり組合分会長の樋口泰男が行うとし、第4項では、「配ぜん会の紹介で」債務者が雇用したスチュワードが、再び債務者への雇用を希望した場合、債務者はこれまでどおり「配ぜん会の紹介によって」スチュワード部門に優先的に雇用する旨の合意がされた。
(二) 平成三年一一月付けの合意書面(書証略)の別紙(2)「確認書」第1項により、「配ぜん会を通じ日々雇用されているスチュワード及び調理補助の給与賃金を平成三年一〇月一日より次のとおり改訂する」として賃金改訂に関する合意がされた。
(三) 平成五年一二月一七日付けの合意書面(書証略)の別紙2「回答書」の第5項で勤続三年以上で前年度の労働日数が二一七日以上の者に年一回安全靴を支給すること及び第7項で、組合から要求のあった給与明細書の発行を日本ヒルトン株式会社とすることについて債務者が各配ぜん会事所に徹底指導することにつき合意がされた。
(四) 債務者は、組合とのベースアップの交渉において、平成八年一月二九日付けの回答書(書証略)により、賃上げにつき、平成七年度は据置きとするが、ただし、平成八年度においては、平成七年度の賃上げが据置きとなったことを考慮して検討するとの回答をした。
(五) 組合は、平成八年一〇月一四日付け要求書(書証略)により、債務者に対し、配ぜん人の仕事と賃金の確保について、組合と債務者との確認内容が守られていないとの申入れを行った。
(六) 組合と債務者間の平成八年一二月二〇日付け及び同九年一二月九日付けの各合意書面(書証略)の各別紙2「回答書」第1項で、配ぜん人の賃上げについては、債務者からの収入を生活の糧とする常用者(前年度の労働日数二〇〇日以上の者)のみを対象とするとの合意がされた。
9 債務者の経営状況はバブル経済の崩壊後厳しい状況にあり、平成一〇年度の経常損失は約六億三三〇〇万円となり、同年度末における未処理損失額は、約三七億七二〇〇万円に上っている(書証略)。
また、債務者は、ヒルトンホテル本体の建物を賃借している賃貸人会社に対する家賃を滞納し、その金額は平成一〇年六月時点で一〇億円を超え、賃貸人会社から、同年九月一四日付け内容証明郵便により、未払賃料九億一三五〇万円の賃料滞納があることを理由に、賃貸借契約の解除及びホテル建物の明渡しの請求を受けた(書証略)。
10 債務者は、正社員の人件費につきその所属組合と交渉し、平成一一年五月二六日付けで、同年度の賃上げはゼロ、ボーナスは従前の年間五か月を三・四五か月に減額すること及び従前全組合員に与えていた特別休暇を一人当たり年間一〇日間削減することについて同意を得た(書証略)。
債務者は、人件費削減のため、今後、さらに従業員の削減、新卒の採用停止、業務の外部委託等の実施を予定している(書証略)。
11 債務者が本件通知書で提案した労働条件変更による経費節減の効果は、食事時間の控除により年間約三二〇〇万円、交通の実費支給で年間約五七〇万円、深夜・早朝勤務取扱い時間の変更により年間約二〇〇万円の年間合計約四〇〇〇万円と試算されている(書証略)。
12 債務者は、平成一〇年一〇月二七日に行われた組合との団体交渉の席で、債務者が賃貸借契約の解除及び建物明渡し請求を受けている緊急事態にあることを説明し、本件通知書に先立ち、同年一二月二四日付けの書面で本件通知書の内容での労働条件の変更を組合に申し入れ、その後、組合との間で、平成一一年一月二六日、同年三月九日及び同年五月七日に行われた団体交渉において労働条件変更について説明及び交渉を行った(書証略)。
13 債務者が本件通知書を交付した配ぜん人一七九名のうち、九五パーセントに当たる一七〇名(うち組合員三七名)は労働条件の変更に同意した(書証略)。
14 ホテル業界においては、従来、配ぜん人の勤務に関し、食事・休憩時間についても賃金支払対象とするのが通例であったが(書証略)、平成一〇年以降、有名ホテルの中で、ホテルオークラ、京王プラザホテル(レストラン部門のみ)及びホテルニューオータニ(変更予定)等、食事・休憩時間を賃金支払対象から控除する又は控除する予定のものが出てきた(書証略)。
15 債務者は、債権者らについて、いずれも離職理由を「労働条件の変更に伴う会社都合による解雇」とする離職票を作成した(書証略)。
二 そこで、以上認定した事実及び前記前提となる事実に基づき以下に判断する。
1 債権者らと債務者間の雇用契約の期間の定めの有無について
(一) 前記認定の事実からすれば、ホテル業においては、宴会、レストラン及び厨房業務につき生じる日ごとの業務の繁閑の差に対応するため、ホテルが日々の需要に応じ配ぜん人紹介所から配ぜん人の紹介を受けることが多く行われているものと認められる。そして、債務者も本件各配ぜん会との間で配ぜん人の紹介に関する合意をしているものであるが、本件においては、前記認定のとおり、債務者と配ぜん人との雇用関係について、<1>配ぜん人のうち給与計算を行う経理担当の者を除く大多数の者の勤務日及び勤務時間帯は一定しておらず、個々の配ぜん人が自らの都合により就労可能日時を申告し、これを債務者の業務上の必要人数及び日時により調整して就労予定表が作成され、配ぜん人の希望を基礎として勤務日が個別に決定されていること、<2>債務者と各配ぜん人間で一定期間内の勤務日数に関する合意はされていないこと、<3>配ぜん人は、平成六年三月まで、債務者と日雇いの雇用関係にある者として、健康保険について一律に日雇い特例被保険者と扱われていたこと、<4>組合と債務者間の合意においても、債務者が配ぜん人を日々雇用しているとの表現がされていたこと、<5>債務者は本件各配ぜん会から日々配ぜん人の紹介を受けたものとして紹介手数料を支払ってきていること等の各事実からすれば、債務者は、配ぜん人との間で、各配ぜん人の都合と債務者の業務の必要性に応じ、日々個別の雇用契約を締結している関係にあるものと認められる。
(二) これに対し、債権者らは、<1>債務者は配ぜん人のうちでも常用者とする者については雇用関係が複数年継続することを前提としており、<2>常用者である債権者らと含む配ぜん人については債務者の正社員と同様の勤務を行わせており、<3>組合と債務者間の賃金改訂交渉においても雇用継続を前提とする合意をし、<4>常用者である配ぜん人については有給休暇を認め、雇用契約が複数年継続することを前提として本件資格規定を設け、健康保険及び厚生年金保険の加入を認めており、これらの事実からすれば、債権者ら常用の配ぜん人と債務者間の雇用契約は期間の定めのないものであると主張する。
この点につき、前記のとおり債務者は、配ぜん人との雇用契約が日雇いの関係であるとしながらも、常用者である配ぜん人の存在を認め、勤続年数に応じて本件資格制度を設けるなどしているが、そもそも日雇い労働者について勤続期間を概念することが論理的に矛盾するとはいえず(労働基準法二一条本文ただし書参照)、日々雇い入れられるものついても、同一人が引き続き同一事業場で使用されている場合は、間断なく日々の雇用契約が継続しているまでの状態ではなく、途中に就業しない日が多少あるとしても、社会通念上継続した労働関係が成立していると認め、いわば常用的日雇い労働者と認めることができるというべきである。そして、債務者とこのような日雇い関係にある配ぜん人の時給についてのベースアップ交渉が一年単位で行われているからといって雇用期間の定めがないということにはならず、有給休暇の付与並びに健康保険及び厚生年金保険への加入はいずれも債務者が法の規定に従った取扱いをしたのみであり、むしろ日雇い労働者であると認められていたから日雇い特例被保険者となっていたものといえ、法定の要件に達したことにより社会保険及び厚生年金保険に加入したとしても、雇用契約上の期間の定めそのものが変更を受けるものとは認められないというべきである。
(三) なお、債権者らは、本件各配ぜん会に求職申込みをしたことはなく、本件各配ぜん会の有料職業紹介により債務者に日々雇用されるとのシステムについても説明を受けたことはない等と主張し、これに沿う債権者らの陳述書も存在するが(書証略)、前記一5、7及び8(一)ないし(三)の各認定事実に照らせば、債権者らは、債務者が本件各配ぜん会から配ぜん人の紹介を受けて雇用する法律関係については理解していたものと認められ、債権者らの右主張により、前記(一)の債権者らと債務者との雇用契約が日雇いの関係にあるとの認定は左右されない。
また、前記一15認定のとおり、債務者は、債権者らの離職理由を労働条件の変更に伴う会社都合による解雇とする離職票を作成した事実が認められるが、これは債権者らの失業給付の受給のために職業安定所に提出されたものであり、右事実により前記(一)の認定は覆されるものではない。
2 債務者の債権者らに対する解雇又は雇止めの効力
(一) 前記1のとおり、債権者らと債務者間の雇用契約は日々雇用契約を締結する日雇いの関係にあったものと認められ、債務者が本件通知書の変更に応じない債権者らを平成一一年五月一〇日以降従来通りの雇用条件による日々の雇用契約の更新を拒絶したこと(かつ、本件通知書の内容である債権者らに不利益な新たな労働条件による雇用契約については合意が成立しないとして雇用しなかったこと)は、期間の定めのある雇用契約を更新しなかった雇止めに該当するというべきである(以下「本件雇止め」という)。そこで、本件雇止めの効力について以下に検討する。
(二) 前記認定のとおり、債権者らは、遅くとも平成七年から債務者における勤務を開始し、債務者からの賃金収入により生計を立てており、債務者との日雇いの関係が長期間にわたって反復更新され(なお、前記のとおり日雇い契約が間断なく継続しているまでの状態ではなく、途中に就業しない日が含まれている)、債務者も債権者ら配ぜん人のうちでも常用者である者を認め、時給のベースアップ交渉を定期的に行い、本件資格規定を創設している等の事情を総合すれば、債権者らは、いわば常用的日雇い労働者に当たると認められ、債務者は、合理的な理由がない限り、債権者らとの間で従前どおりの内容の日々の雇用契約の更新を拒絶することは許されないというべきである。
(三) そこで、本件において債務者が債権者らとの従来の労働条件による日々の雇用契約の更新を拒絶した本件雇止めがやむを得ないと認められる合理的な理由が存在するか否かについて見るに、前記認定事実又は前提事実のとおり、債務者は、<1>平成一〇年度で三七億円を超える多額の累積損失を抱え、賃貸人会社からホテル建物の明渡し請求を受ける危機的な経営状況にあること、<2>正社員の組合との間でも人件費削減のため賞与の引下げ等の合意を行っていること、<3>本件通知書による労働条件変更により年間合計約四〇〇〇万円の経費節減ができると試算され、債務者の経営改善に大きな効果が期待できるとされていること、<4>本件通知書による新たな労働条件の内容も、食事・休憩時間の賃金支給対象からの除外、交通費の実費支給及び深夜・早朝の割増賃金を法定の時間帯とすること等にとどまること並びに<5>本件通知書の内容については組合に対し約半年前から交渉を開始し、配ぜん人の九五パーセントに当たる一七〇名の者との間で変更に同意を得ていること等の事情を総合すれば、債務者が従来の労働条件による債権者らとの日々の雇用契約の更新を拒絶した本件雇止めについては、社会通念上合理的な理由があると認めるのが相当といえる。
(四) なお、債権者らは、争う権利を留保しつつ、本件通知書の内容による労働条件変更に同意したにもかかわらず、債務者は、本件雇止めをしたのであり、右雇止めは裁判を受ける権利を否定するもので合理性を欠き無効であると主張する。しかし、債権者らのいう、争う権利を留保するとは、本件通知書の内容である新たな労働条件に合意して雇用契約を締結するが、今後も雇用条件の改善を求めて争うという趣旨ではなく、新たな労働条件による雇用契約の成立自体につき、合意は成立していないとして後日争う趣旨であるというものである(審尋の全趣旨)。したがって、本件債権者らのいう「留保つきの合意」とは、本件通知書の内容の新たな労働条件による雇用契約には合意しないというものであり、新たな労働条件による雇用契約については法律上意思の合致がなく、債権者らと債務者間の日々の雇用契約は成立しないものといわざるを得ない。
三 以上によれば、債務者が債権者らとの日々の雇用契約についてした本件雇止めは有効であると認められるから、その余の点について判断するまでもなく、債権者らの本件申立ては理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 矢尾和子)
(別紙) 当事者目録
債権者 船木龍夫
(他七名)
右債権者八名代理人弁護士 井上幸夫
(他二名)
債務者 日本ヒルトン株式会社
右代表者代表取締役 瀬戸山顯
右代理人弁護士 福井富男
同 大武和夫
同 神田遵
同 松田俊治